東京高等裁判所 昭和57年(行ケ)222号 判決
一 請求の原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。
二 取消事由(1)について
1 第一引用例に審決の理由1に摘示された内容の記載があること、第一引用例の発明に記載された成型炭結合剤(粘結剤)としての石油アスフアルトと本願発明の特許請求の範囲に記載された成型炭粘結剤としての石油アスフアルト(残渣油)とが軟化点において重複することは当事者間に争いがない。そして、いずれのアスフアルトも軟化点を限定するのみで針入度の限定がないことは右各記載自体から明らかである。
そこで、原告主張のように、アスフアルトの性状を特定するために、軟化点のほか、針入度の記載が不可欠であるか否かについて検討する。成立に争いのない甲第七、第八、第一一、第一二号証によれば、針入度とは規定の針が規定の温度、荷重時間の条件でアスフアルトに貫入する場合、その深さを一〇分の一ミリメートル単位で表わしたいわばアスフアルトの堅さを示す数値であり、軟化点とは指輪のような環にアスフアルトを平らに詰め、この試料に鋼球をのせて水に漬け、次第に温度を上げた場合、試料が軟化して球が落下する時の温度であつて、この針入度と軟化点がアスフアルトの性状特定のための重要な要素とされていること、しかし、アスフアルトはこのほか、伸度、蒸発量、蒸発後の針入度、四塩化炭素可溶分、引火点などにおいても異なる性状を示すものであることが認められる。この事実によれば、軟化点のほか針入度が定まれば、その分だけアスフアルトの性状を特定する範囲が狭められるということはいい得るとしても、アスフアルトの性状が両者の特定によつてのみ定まるとまでいうことはできず、軟化点のみによる特定もアスフアルトの性状を一定限度で特定するものと認めて差支えないものというべきである。むしろ、成立に争いのない甲第二〇号証によれば、本願出願当時アスフアルトを粘結剤として利用する場合その軟化点を石炭のそれに近付けるという研究がなされていたことが認められるから、成型炭粘結剤としてのアスフアルトの発明において、軟化点のみを特定するということにそれなりの技術的意義があつたものということができる。
なるほど、成立に争いのない甲第二号証の一によれば、本願発明の特許公報の発明の詳細な説明の項に原告が請求の原因四、1において指摘する針入度に関する記載があることが認められる。しかし、アスフアルトの性状特定につき針入度が不可欠のものと認めがたいことは既に述べたとおりであるし、軟化点と針入度との関係が一定ではなく、原料原油の性状及び処理条件によつて種々変動するものであることは、成立に争いのない甲第五号証に軟化点五七度C、針入度二六のプロパン脱瀝アスフアルトが記載され、また、前掲甲第一一号証に軟化点六二・〇度C、針入度二三及び軟化点六三・〇度、針入度二一のプロパン脱瀝アスフアルトが記載されていることから明らかなところであつて、本願発明の特許請求の範囲に記載された軟化点五五~七〇度Cのプロパン脱瀝アスフアルトならば針入度は必ず二〇以下の範囲に入るというものではない。
したがつて、針入度について、本願発明の特許公報の発明の詳細な説明の項に前記のような記載があつても、特許請求の範囲にその記載がない以上、本願発明におけるプロパン脱瀝アスフアルトが針入度二〇以下のものに限定されるものと解することはできない。
他方、第一引用例のアスフアルトについて針入度についてなんら記載がないことも前記のとおりであるから、審決が両発明のアスフアルトについて針入度を限定して解釈しなかつたことに違法はない。
なお、原告の第一引用例記載のアスフアルトの針入度が限定されているとの主張は、その後同引用例が成立に争いのない甲第一四号証、第一五号証の二により針入度を限定する補正がなされたことを根拠とするものであるが、右補正によつて同引用例の記載自体がなんら変るものではなく、前記のような同引用例の記載からみて、その記載自体が独立した技術内容として把握されるものである以上、その後の補正とはかかわりなくこれを本願発明の新規性、進歩性の判断のための対比資料とすることに差支えはないものというべきである。
2 原告は、前掲甲第二号証の一(本願発明の特許公報)、成立に争いのない甲第三号証(第一引用例)、成立に争いのない甲第六号証(成型炭の圧潰強度、落下強度試験報告書)を根拠に本願発明が第一引用例記載の発明よりすぐれた効果を奏する旨主張する。原告の主張する両発明の対比は、本願発明のアスフアルトの針入度が二〇以下に限定されていることを前提としているが、前記のように本願発明のアスフアルトの針入度についてなんらの限定はなく、これが本願発明の構成要件でない以上、右各書証の記載によつては本願発明の作用効果が第一引用例記載の発明に比してすぐれているものと認めることはできず、他に原告の右主張を認めるに足りる証拠もない。
3 以上述べたところによれば、審決が原告ら主張のような両発明の構成上の差を看過したものということはできないから、取消事由(1)は理由がない。
三 取消事由(2)について
1 本願発明と第一引用例記載の発明を対比すると、両者が湿式法によるコークス製造用成型炭粘結剤として溶剤抽出で得られる脱瀝アスフアルトを使用する点において一致し、本願発明のアスフアルトがプロパンを溶剤として抽出することによつて得られたもの(プロパン脱瀝アスフアルト)であるのに対し、第一引用例には用いるアスフアルトの抽出溶剤について記載がない点で相違していることは当事者間に争いがなく、前掲甲第三号証によれば、第一引用例も本願発明同様冶金用コークス製造技術に関する発明であることが認められる。
2 第二引用例中当事者間に争いのない記載及び成立に争いのない甲第四号証によれば、第二引用例中二七〇頁右欄四行ないし一八行には、「石炭の粘結性を補うため粘結材を配合して、強粘結炭の使用量節減をはかる方法も検討されている。この粘結材としてアスフアルトの利用が考えられる。しかしアスフアルト自体はコーキングバリユーの低いものであるから、なんらかの方法によつて変成し、軟化点が高く、芳香族性の大きなものにする必要がある。プロパン脱瀝のような溶剤抽出によりアスフアルトを芳香族性の成分に富んだものにするとか、前述の高温熱分解によつて得られるピツチなどはこの目的にかなうものであろう。……製鉄用コークスの粘結材への利用はアスフアルトを多量に使用するものであり、今後とも積極的に研究を進めることが必要である。」との記載があることが認められる。また、第三引用例中当事者間に争いのない記載及び前掲甲第五号証によれば、第三引用例にはプロパン脱瀝アスフアルトをBrikett製造用粘結剤として用いること、その際用いるプロパン脱瀝アスフアルトについては軟化点六二度C、六三度Cのものもあることが記載されていることが認められる。
これらの記載によれば、本願出願前において、溶剤抽出による脱薄アスフアルトとしてプロパンにより抽出されたものがあり、その軟化点が六二度C及び六三度Cのものが存在することが公知であり(この事実は当事者間に争いがない。)、また、プロパン脱瀝アスフアルトが製鉄用コークスの粘結剤として用いられることが公知であつたものということができる。
そうであれば、第一引用例記載の技術において、第二及び第三引用例により公知のプロパン脱瀝アスフアルトを冶金用コークス原料としての成型炭用粘結剤として採用することは格別困難なことではないものというべきである。
3 原告らは、本願発明及び第一引用例記載の発明と、第二、第三引用例記載の発明が技術分野を異にするとして、両者を結びつけて本願発明の進歩性を判断することが不当である旨主張するので、この点について判断する。
冶金用コークス製造技術に関する請求の原因四、2、(一)の事実は当事者間に争いがなく、前掲甲第二号証の一によれば、本願発明はその特許公報上対象とするコークス製造技術を明記していないが、少なくとも成型炭配合法を対象とするものであることが認められ、前掲甲第三号証によれば、第一引用例記載の発明も成型炭配合法を対象とするものであることが認められる。
ところで、第二引用例の記載(その内容に照らし、他の発明の進歩性の対比判断の資料たり得る技術の開示があるものと認めてよい。)によれば、同引用例のコークス製造技術におけるプロパン脱瀝アスフアルトは、石炭の粘結性を補うための粘結剤として石炭粉に配合されるのであつて、石炭粉を成型するために用いられるものではない。しかし、第一引用例も第二引用例もいずれもアスフアルトの利用に関し、コークス製造の目的で石炭の粘結性を補うために粉炭に対して使用する技術である点においては変りはないのであるから、両者は互いに関連する技術であるということができる。このことは、成立に争いのない甲第三二号証によれば、成型炭配合法においても、粘結剤は粘結剤添加法同様高温時のコークス化のための粘結作用を有することが認められることからも(かかる効果自体は原告らも否定していない)、また、成立に争いのない甲第一七号証によれば、粘結剤添加法で用いられる粘結剤が成型炭配合法におけるバインダー(粘結剤)としても使用できることが認められることからも肯認することができる。
次に、前掲甲第一七号証、成立に争いのない甲第三四号証、乙第一、第二号証、第四号証の一、二によれば、
Brikettとは、当業者間では、その用途は各種あるも粉炭を粘結剤により成型したもの、即ち成型炭を意味するものと認めることができる。前掲甲第五号証の第三引用例にはプロパン脱瀝アスフアルトについて、それがコークス製造のために用いられるとの記載はないが、同引用例記載の技術は、プロパン脱瀝アスフアルトを粉炭を成型するための粘結剤として使用することに関するものであるから、それによる成型炭、即ちBrikettの使用目的が明確ではないとしても、溶剤抽出による脱瀝アスフアルトにより粉炭を成型する点において、第一引用例に記載された技術と共通点を有するものと認めて差支えない。
したがつて、前記2のように第一引用例記載の技術に第二及び第三引用例記載の技術を関連づけて本願発明の進歩性を判断することになんら不合理はなく、第二及び第三引用例の記載の技術が第一引用例記載の技術と分野を異にすることを理由として審決の判断を攻撃する原告らの主張は理由がない。
三 以上のとおり原告ら主張の取消事由はすべて理由がないから、本訴請求を失当として棄却することとする。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
石油減圧蒸溜残渣油をプロパン抽出して得られた軟化点五五~七〇度Cの残渣油をそれ自身或いは之をブローイングして得た軟化点八五度C以下のブローイング残渣油又は五五~八五度Cの軟化点を有する夫等の混合物より成る事を特徴とする冶金用コークス原料としての湿式法による成型炭用粘結剤。